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インタビュー

Vol.3 

リーダーに求められるのは

『何が一番大切か』を感じ、『真実を見極める力』である

 

国境なき医師団日本 会長 小児科医
加藤 寛幸(かとうひろゆき)氏

Hiroyuki Kato

島根医科大学(1992年)卒業、タイ・マヒドン大学熱帯医学校において熱帯医学ディプロマ取得 (2001年)。東京女子医大病院小児科、国立小児病院・手術集中治療部、Children’s Hospital at Westmead(Sydney Children’s Hospital Network)・救急部、長野県立こども病院・救急集中治療科、静岡県立こども病院・小児集中治療科および小児救急センターに勤務。2003年よりMSFの医療援助活動に参加し、主に医療崩壊地域の小児医療を担当。2015 年3月より現職。MSF参加後は、スーダン、インドネシア、パキスタン、南スーダンへ赴任。東日本大震災、エボラ出血熱に対する緊急援助活動にも従事した。

http://www.msf.or.jp/

 


―― 

杉村:加藤会長は、2014年に南スーダン北部のアウェイルの州立病院で、『国境なき医師団』医療チームリーダーとして活動されましたが、その内容について教えていただけますか?

加藤:南スーダンへの派遣は、私自身にとっても重要な経験となりました。

南スーダンは2011年に独立した世界で一番新しい国ですが、長年にわたる紛争により、医療を含めたインフラが完全に崩壊しました。独立から3年を待たずに国内で紛争が起こり、収まる気配さえないような状況です。

戦闘で輸送網が寸断され、首都からの薬などの供給は遅れ、いつ入ってくるかも分からない状況でした。そんな中で、新生児を含む小児科診療、妊産婦を主な対象とした産婦人科診療、熱傷や骨折、外傷などの診療、予防接種活動などを行うことが主なプログラム内容でした。

またアウェイルでは、一定体重以下の未熟児の受け入れは断わらねばならなかったのですが、入院をさせられないという判断をすることは、死を宣告するに等しいわけです。その決断を家族に告げるのがリーダーである私の役割でしたが、それは私にとって最も苦しい決断でした。


―― 

杉村:苦しんでいる人びとの気持ちを想像するだけでも辛いのに、リーダーとしての任務を果たさなければならず、どれほど葛藤されたことでしょう……。

 

加藤:病気やけがをした子どもたちも診ていたのですが、現地で出来ることは限られていました。

たとえば、深い熱傷を負っている場合は植皮をしなければ治癒しませんが、それをできる施設が近くにない。銃撃によって大怪我をした子どもたちの中には組織や腱を再建しなければならない子も少なくありません。6歳の女の子は顔に大やけどを負いながら、炎天下を3日間歩いて病院にやってきました。薬さえあれば治るはずのマラリアでも、多くの子どもたちが命を落としています。

マラリアや栄養失調、破傷風などで、バタバタと人が死んでいくのに、現場の限られた環境や設備、人員では、すべての子どもたちに治療をしてあげられるわけではありません。治療の目処さえつけてあげられない人が多くいたのです。

それでも、私が日本に帰る時には、大勢の子どもたちや現地スタッフが、笑顔と涙で見送ってくれました。私としては、自分の無力さを思い知らされ、悔しさが残る帰国でした。

今でもあの時の光景が、瞼の奥に強く焼きついています。

フィールドを去る時にいつも感じるのは、「次は、あの時、救えなかった子どもたちの分まで、一人でも多くの命を救いたい」という思いです。


―― 

杉村:どんな状況でもぶらさない、リーダーとして大切にしていることは何ですか?

加藤:リーダーとして大切なことは何かと聞かれれば、『真実を見極めること』だと思っています。そのためにはブレない価値観が必要だと思います。

フィールドですべてのことを完璧にこなすのは至難の技です。そういった環境の中で何を優先し、何を後回しにするか。それを正しく判断し、行動に移していくことが重要だと思っています。

また私自身が自分に求めていることの一つとして、『既成概念にとらわれない』ということがあります。

「今までもこうやっていたのだから、それでいい」ではなく、その都度検証して、必要があれば変えていく。変化を恐れない姿勢でいなければならないと思います。

そして最後は、その人の人間力が試されると思います。ですから、何事にも真摯に向き合うことが大切ではないかと考えます。


―― 

杉村:リーダーに求められる幾つかの力を支えているのものが、人間力なんですね。

それでは、これからの国際社会を支えていく若者たちに、どのような視点を持った方がいいと思われますか?

 

加藤:「自分がやらねばならないこと」「やるべきことは何か」を常に意識して人生を歩んでいけば、自ずと道は開けるのではないでしょうか。

「こうしたい、ああしたい」という自分の欲求ばかりだと壁にぶちあたることもあるので、一旦、視点を変えて、「今、自分に求められていることは何だろうか?」という視点を持つということです。

それから、それが東京で起こっていても、アフリカで起こっていても、「正しいことは正しい」「悪いことは悪い」と感じられる心、つまりそこには、国籍や宗教等は一切関係なく、一人の人間としてどうかという見方が出来る人になって頂きたいと思います。遠くの見知らぬ誰かに起こっていることを自分のことのように感じてもらえたらと願っています。


―― 

杉村:ありがとうございます。『国境なき医師団』のほかの皆さんも、加藤会長のような熱いリーダーの方が多いのでしょうね。

加藤:確かに熱い人が多いですね。男女関係なく、思わず抱きつきたくなるぐらい素敵な同僚がたくさんいます(笑)。


―― 

杉村:『国境なき医師団』を支えていらっしゃるのは、ドクター以外ではどのような方がいらっしゃるんですか。

加藤:医療従事者以外に、アドミニストレーター(財務、人事管理責任者)やロジスティシャン(物資調達や施設・機材管理の調整員)の派遣も行っています。いろいろな国のいろいろな職種の人たちが力を合わせて活動しています。

また先ほどお話ししたように、スタッフ全員がボランティアベース、つまり経済的条件がかなり厳しい(わかりやすく言えば、給料が安い)、活動に参加しているので、やる気のない人が『国境なき医師団』にとどまることはありません。志を同じくして集う仲間同士であり、とてもモチベーションが高いチームだと思います。


―― 

杉村:『国境なき医師団』の組織の強さについても教えていただけますか。

加藤:私たちの組織も少しずつ規模が大きくなってきましたが、この組織の舵をとっているのは、“アソシエーション”と呼ばれる、実際に現地で活動経験のあるスタッフです。

一方、“エグゼクティブ”と呼ばれる各国のオフィスで働くスタッフが、アソシエーションが示した方向性に沿うような形で実務を遂行していきます。アソシエーションとエグゼクティブが双方を信頼、リスペクトしながら活動を進めているということは『国境なき医師団』という組織の最大の特徴の一つだと思います。


―― 

杉村:チームワークに信頼関係とリスペクト。とても勉強になります。

日本と世界の『国境なき医師団』の違いはどういったところにあるでしょうか。

加藤:元々『国境なき医師団』はフランスで始まった組織です。今でもヨーロッパが中心となってはいますが、日本やアジア諸国も積極的に組織に参画しています。

日本と世界の違いは、組織の違い以上に、それぞれの社会の差にあるように思います。例えばですが、先日もドイツから参加してきたメンバーの中に、「私は大学の教授をしていますが、二か月休みが取れたので『国境なき医師団』に参加しました」という方がいました。ヨーロッパでは ボランティアに参加することの社会的意義とそれを支えようという意識が社会に根付いています。個人のボランティア活動への参加を社会として支えようという点は、日本の状況とは大きく違うと感じます。


―― 

杉村:日本とヨーロッパに、そのような違いがあったのですね。

現状の私たちが『国境なき医師団』にできることはどのようなことだとお考えですか。

加藤:『国境なき医師団』に対して、医師でなくてもできることはたくさんあると思います。

まずは、救えるはずの多くの命が失われているという事実に関心を持っていただくことです。

無関心は、困難にある人々をさらに窮地に追い込むことを意味すると思っています。


―― 

杉村:改めて、平和の本質について考えてみると、他人事ではなく、自分事として考えることから、全てがはじまることを感じました。

 


加藤会長、今回も貴重なお話をありがとうございました。

相手の気持ちを想像し、そこから思いやりの心が生まれるという連鎖から、平和な世界が広がっていくのかもしれません。

また社会貢献も、その気持ちをベースにしてどうアクションに移していくかであり、寄付もその形の一つなのではないかと感じました。

最終回では『国境なき医師団』の日本での活動と、今後の展望についてお聞きします。